関西麺業株式会社 会社概要 関西麺業会社概要

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※赤字は休業日です

関麺の豆知識 このページでは麺類の事で日頃からよく耳にはするが詳しくはわからない・・・
でも「気になるなぁ」というような用語を解説していきます。明日誰かに話したい豆知識としてご利用ください。
その他、全国各地の名産めん類を選び出しまして、その歴史や製造方法についても紹介しております。
「この用語を解説して欲しい」等のご要望にもお応えしますので「お問い合わせ」からご連絡ください。
あ行
出雲そば{島根県}
出雲そばは、山陰地方でとれるソバを原料として作られる。甘皮までたっぷり挽き込み、香気をだした黒そばが特色です。
わりご」という小さな器に少量ずつ盛って食べるので「わりごそば」とも言われます。
わりご(割子)は深皿風の朱塗の漆器で、現在は円形をしていますが、昔は小判型のものもありました。 食べ方は、わりごに入れたそばの上にねぎ、海苔、かつおぶしなどを載せ、上から汁をかけて食べるのが普通です。
稲庭うどん{秋田県}
秋田名産の稲庭うどんは300有余年の歴史を持つ手延べ干しめんで、現在は稲川町周辺で50軒を超える業者により製造されています。製造方法は家伝により、外部には極秘にし、現在でも昔ながらの製法で行っています。
全工程を全て手作業で行い、昔と使用道具の異なる点は、乾燥工程(屋内)で扇風機を使うようになったことと、木炭火鉢が石油ストーブに変わった程度です。  
工程上の特徴は、加水量が50%以上あること、油を使わないこと、練った後ねかしをとることで、伝統的な製法を受け継いでいます。
祖谷そば{徳島県}
徳島の祖谷(いや)地方は、山深い秘境と言われています。高冷地、やせ地であり、しかも霧が多くて適当に陽が当たるという気候条件から、ソバの栽培に適し、古来より良質なソバを生産してきました。
黒くて山いもをつなぎに用いているのが、祖谷そばの一番の特徴であります。配給制度になるまで米と縁がなかったという土地柄ゆえに残った食糧といえるでしょう。
饂飩(うどん)
うどんの元祖は鎌倉時代の「点心」とよばれる食品の一つ、饂飩(うんどん)です。
饂飩は室町時代初期には早くも現代とほぼ同じ製法で作られていました。  
江戸時代のはじめにはそばと同様に菓子屋で売られていましたが、やがてめん類を専門とする飲食店が現れるようになり「うどん屋」あるいは「そば屋」などで「かけ」や「たねもの」にして売られました。こうした食べ方がうどんの一般的な飲食形態となったのです。  
明治時代になると、東京で「鍋焼きうどん」、大阪では「きつねうどん」が生まれ、うどんは一般庶民の食べ物として定着し、消費は大いに高まりました。又、本格的な製麺機械が開発されたのもこの時代です。
大矢知(おおやち)手延素麺{三重県}
三重県四日市の大矢知地区と桑名の稗田地区は、手延べそうめんの特産地として200年の歴史を持っています
同地方は、かつては良質の小麦がとれ、また、冬期には鈴鹿おろして空気が冷たく、かつ乾燥しているのでそうめんの製造に適し、最初は農家の副業として始まりました。  
めんは腰が強く、透きとおった色合をしているのが特徴
です。
沖縄そば
沖縄そばは、明治前半期に中国からのヒントをもとに作り始められたようです。沖縄にそばが出現したのは明治中期以後と言われ、そのころの呼称は「すば」あるいは「支那すば」でした。
沖縄地方の郷土食で明治30年以後「支那そば」と言われるようになり。「沖縄そば」と言う呼称が一般化したのは戦後になってからだそうです。  
そばと名乗っていますが、中華そばと同じくそば粉は使われず、小麦粉100%の偏平めんで、昔は木灰のあく水を使い作っていましたが、現在ではかんすい、食塩水の混合液を使い準強力粉で作ります。めんは軽くさっと茹で上げて、水洗いしないで熱いうちに油をまぶし風を当てて冷まします。  
スープは豚骨を4~5時間煮込み、粗脂肪を抜いたスープに本ガツオのだし汁を合わせ塩味を付けます。
メニューは具材によって変わりますが、中でもソーキそばは沖縄独特のもので豚のアバラ(ソーキ)骨付き肉が入っています。
か行
かんすい
一般にいわれる中華麺の製造に使用されるアルカリ性添加物であり、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、リン酸塩のうち一種又は、二種以上の混合製剤で、うどんの場合に食塩を用いるのと同様に、中華麺ではこのかんすいを用います。『かんすい』を加えることにより中華麺独特の冴えた淡黄色の色沢、風味、弾力性が生じます。  
また、『かんすい』を使用、添加しない中華麺は農林水産省の通達により、中華麺あるいはラーメン等の表示ができないことになっています。
きしめん{愛知県}
名古屋の代表的なめんとして有名でしょう。平打ちのうどんのことをさします。「ひもかわうどん」とも呼ばれていまが、これは江戸時代に三河の芋皮(現在の刈谷市今川)の名物であったことから「いもかわ」が「ひもかわ」となまってつけられたと言われています。  
江戸末期
にはには青菜と油揚げを上に乗せる食べ方もあり、また雉子(きじ)の肉を入れて尾張藩主に献上したという話が残っています。  
「きしめん」の名については「雉子めん」あるいは「紀州めん」が起こりであるなどの諸説がありますが、室町時代初期の書物にあらわれる「基子麺(きしめん)」がその語源として最も真実性が高いそうです。
喜多方らーめん{福島県}
喜多方ラーメンは、飯豊山(いいでやま)の清涼な湧水と風光明媚な蔵の街の風土が育んだ逸品で、めんが太く腰が強いのが特徴です。  
しょうゆ味のスープはやや薄味で、ダシは豚骨と煮干で取っています。 最近では、札幌・九州と並び称されるラーメン産地となっています。
九州ラーメン
九州ラーメンと一口に言いましても、鹿児島ラーメンで代表される南部地方、博多ラーメンで代表される北部地方で多少味が異なります。一般的に九州ラーメンの特徴は、豚がらを素にした白濁(パイタン)風でこくがあり、ラードが入った独特の風味を持つ栄養満点のスープです。  
めんは全般的に細めで、他のラーメンと比べても硬い歯ごたえを持つ食感のものが多いです。具にはシナチク、ねぎ、焼豚、もやし、海苔等を用いまして、千切りにした紅しょうがをつけ合わせにして食べます
キリンサイ
キリンサイ類(総称)は分枝して育ち、中国名を麒麟菜(きりんさい)、商品名では粘性によってコトニースピノーサムの2つのタイプに区別されます。キリンサイは、熱帯海域のサンゴ礁内の岩礁に繁茂しており、古くからこれらの沿岸海域、特にフィリピンやハワイ諸島の家庭では、生野菜の代わりに熱湯に通したキリンサイを海藻サラダ風に調理して食してきました。  
キリンサイはビタミン、ミネラル、食物繊維が多く含まれており、彼らの健康維持に役立ってきました。最近の研究では、キリンサイに機能性成分蛋白質のレクチンが多く含まれていることがわかり、皮膚の活性化抗がん性に注目されています。
キリンサイの生材料成分結果(高知県食品衛生研究所資料、1部の成分は省略)
成分名 含有量 成分名 含有量
カロリー 13kcal/100g ナトリウム 280mg/100g
水分 88.8g/100g カリウム 1600mg/100g
タンパク質 1.2g/100g カルシウム 13mg/100g
炭水化物 4.6g/100g アグネシウム 32mg/100g
脂質 0.1g/100g リン 16mg/100g
灰分 4.6g/100g  0.7g/100g
五色素麺{愛媛県}
今から約350年前の寛永年間に初めて作られ、その後約250年前の享保年間には、五色素麺が松山藩の参勤交代の進物に用いられ好評を博したという話が残っています。また、朝廷へ献上しておほめを賜ったりして、伊予名物の五色素麺として名前が広まっていきました。
◎五色の名称は次の5種類の色の組み合わせに由来しています。
・・・梅
・・・そば粉
・・・抹茶
・・・卵の黄身
白・・・小麦粉
ざるかけにして食べられ、つゆは昆布いりこ花かつおでだしをとります。
さ行
札幌(サッポロ)ラーメン{北海道}
全国に○○ラーメンと名のつくものは数多くありますが、その中で札幌ラーメンの知名度は群を抜いています。 北海道のラーメンの歴史は古いですが、今日のように有名になったのは、みそラーメンが売り出されてからだそうです。 みそラーメンは、「ラーメン横町」のいちラーメン店が始めたものですが、これが爆発的に受け、今ではみそラーメンの代名詞のようになってしまいました。  
こうしたブームから、現在全国各地で札幌ラーメンのチェーン店が展開されるようになりました。 札幌ラーメンのめんは強力粉を主体とした小麦粉を使い、いわゆる熟成のきいた腰の強いめんです。
讃岐(さぬき)うどん{香川県}
香川県でつくるうどん、もしくは特別な粉を用いてつくるうどんを「さぬきうどん」だと思ってらっしゃった方が多いかと思われます。 実際は大きな間違いです。さぬきうどんとして表示する、もしくは販売するには定められた「表示基準」を満たさなければなりません。  
しかし基準を満たしていても「名産、特産、本場、名物」を使えるのは香川県内で製造されたものだけです。けれど、この事実を知っている人があまりにも少ないため本場の香川県内の製造会社や販売店ですら「偽装表示」を許してしまっているのが現在の状況です。 なお、関西麺業の「讃岐うどん」と表示されている商品は讃岐うどんとしての表示基準を100%満たしております。
皿うどん{長崎県}
皿うどんは、ちゃんぽんと並ぶ長崎県の名物料理です。細めのめんをほぐして蒸したあと油でさっと揚げて皿に盛り、あんをたっぷりかけて食します。めんの作り方は、ちゃんぽんとほとんど同じですが、麺線は皿うどんの方が、細くなっています。 
あんは、ちゃんぽんのスープに季節の野菜、肉、いか、椎茸、蒲鉾等を乱切りにして少量の油で炒めたものを加え、さらに馬鈴薯澱粉(ばれいしょでんぷん)、グルタミン酸ソーダ等を加えて、どろりと透明になるまで煮込んで作ります。
島原手延素麺{長崎県}
島原手延素麺は、今から約350年前の島原の乱以後、小豆島から当地へ移住した農民によって、初めて作られたと伝えられています。  
背後に雲仙国立公園を擁し、気候は温暖で良水に恵まれていることから盛んになりました。現在では、全国第2位の生産量を誇る手延べそうめんの産地となっています。
白石温麺(しろいしうーめん){宮城県}
温麺は東北一の乾めん生産地、宮城県白石地区の伝統的な名産品です。 かつては油を一切使わない手延べそうめんとして評判をとりましたが大正の初期から機械製麺が始まり、現在は全て機械生産です。 乾めんを温麺と呼ぶのは昔親孝行な息子が、胃病の父親に油を使わないめんを温めて食べさせて、父親の胃病が全快したためその親孝行を賞し「温麺」と名付けたそうです。  
温麺は長さが10cm足らずのめんです。短い理由は東北地方は瀬戸物が少なく、木の椀が多かったのですが、木の椀は小さいため、めんも短くなったそうです。  
麺線が細いので茹で上がりののびが早く、そのため原料の小麦粉は普通粉よりややグルテンの多いものが使われています。温麺は、蔵王おろしといわれる風良質の水が得られる白石地方の風土から生まれためんと言えるでしょう。
即席(そくせき)めん
即席めんが初めて登場したのは、昭和33年、日清食品が開発した「チキンラーメン」が第一号です。 当時は「お湯をかけて2分」をキャッチフレーズに大阪地方から市販が開始され、発売した年の生産量こそ1,300万食であったものの翌年には7,000万食、翌々年には1.5億食と驚異的な伸びを示しました。  
34年秋にエースコック、35年1月には明星食品が発足したのを始め、わずか3年で100社を超えるほどに膨れ上がりました。  
即席めんは、おりからの高度成長時代の要求ともマッチして、日本人の食生活の中に入り込み、定着しました。
その後、一時ブームは収まりましたが、昭和46年9月、カップめんの登場により再び人気は盛り上がり、昭和50年には小麦粉使用量で乾めんを上回るに至りました。 
また、昭和56年には、高級即席めんが登場し、それまでの即席めんのイメージに大きな影響を与えました。  
最近では大手メーカーによる海外生産も盛んであり、即席めんは国際的な食品として世界に広がりつつあります。
た行
ちゃんぽん{長崎県}
港町長崎は、戦前は上海航路の出入口としてにぎわっており、歴史上中国との交流も深かったため、ラードでいためた具に、スープとめん(ちゃんぽん玉)を加えて煮込んだ中国風めん料理「ちゃんぽん」が生まれました。  
長崎は新鮮な海産物が手に入り易く、ちゃんぽんの具には、魚、貝、海老、いかなどの魚介類が豊富に使われ、さらに蒲鉾、豚肉、キャベツ、もやし、筍、人参、ねぎなどの季節の野菜類も加えられます。  
ちゃんぽんという名称も、いろいろな材料をとり合わせることから付いたといわれています。
ちゃんぽんは、かんすいに長崎独特の固形かんすいである「唐灰(とうあく)」を使用して、ちゃんぽん独自の風味を出すのが特徴といわれています。
点心
点心は茶子(ちゃのこ)同様にもともと禅寺院で修行僧が朝夕二度の食事の合間に随時口にしていた軽い食べ物でしたが、禅宗が武士の間に広まるにつれ、しだいに一般にも普及していきました。  
点心は、公家や武家が仏事に関する集会などを催した際、集まった人々のもてなし用に汁や菜などを添えて出していました。  
また、こうした習慣が、やがて従来二度食であった日本人の食生活を三度食に変えるきっかけとなりました。
※点心食品の種類:水繊(すいせん)、温糟(うんぞう)、糟鶏(そうけい)、猪羹(ちょかん)、ろ腸羹(ろちょうかん)、しゅん羊羹(しゅんようかん)、砂糖羊羹(さとうようかん)、饂飩(うんどん)、饅頭(まんどう)、索麺(そうめん)、基子麺(きしめん)、巻餅(けんびん)、鮮羹(せんかん)、海老羹(えびかん)、打麺(うちむぎ)、水団(すいとん)等
戸隠そば{長野県}
信州の戸隠そばは、同地方の霧下ソバをしようした手打ちそばである。 霧下とは、高山の裾をめぐる地帯のことを言い、このような霧の発生しやすい、高冷な土地に育つおいしいそばを霧下ソバと言います。  
霧下ソバは粘度が高いので、つなぎが少なくても打てるのが特徴で、戸隠そばも二八そば(小麦粉2、そば粉8の割合のそば)が普通です。  
戸隠そばのおいしさは、上質のそば粉だけでなく水の良さにも秘訣があります。つまり、高原の冷水なので、そばをきりっとしめ、つゆをおいしくするという効果があります。
な行
鍋焼きラーメンの定義
 須崎名物「鍋焼きラーメン」プロジェクトXでは、須崎市で生まれ、50年近く 守られ愛されている須崎の食文化「鍋焼きラーメン」を次の世代にも伝え、 発展させたいとの想いから7つの定義を定めました。
1. スープは、親鳥の鶏がら醤油ベースであること
2. 麺は、細麺ストレートで少し硬めに提供されること
3. 具は、親鳥の肉・ねぎ・生卵・ちくわ(すまき)などであること
4. 器は、土鍋(ホーロー、鉄鍋)であること
5. スープが沸騰した状態で提供されること
6. たくわん(古漬けで酸味のあるものがベスト)が提供されること
7. 全てに「おもてなしの心」を込めること
鍋焼きラーメンは弊社の販売ページからお買い求めいただけます。
は行
播州手延素麺{兵庫県}
播州手延素麺は、今から200年前の文化年間に始まり、播州平野の小麦赤穂の塩、それに揖保川や夢前川の水と、そうめん製造に適する気候、風土に恵まれ盛んになりました。  
当時、龍野藩も龍野物産として積極的な保護政策でその発展を図りました。
現在は、龍野市を中心に姫路市、揖保市、宍粟郡、飾麿郡、神崎郡の2市4郡を中心に600戸余の農家が兵庫県手延素麺協同組合を結成し、「揖保乃糸」のブランドで全国に出荷しています。  
生産量は、年間約125万箱(18kg入り)で全国最高です。価格は、組合が2月から6月まで、毎月1回共同販売を行う都度決定されるそうです。
ひっつみ{岩手県}
ひっつみとは、岩手県の県北から県央にかけての代表的な郷土料理です。 小麦粉(中・薄力粉)を水で練って手でちぎり、しょう油味で季節の野菜と一緒に煮込む料理です(すいとんの一種)。かぼちゃ汁に入れた「かぼちゃひっつみ」、小豆汁に入れた「小豆ひっつみ」等があります。  
練った小麦粉をひっつまんで鍋に入れることから「ひっつみ」
の名がつきました。岩手県二戸地方では「とって投げ」と呼ぶそうです。最近では家庭で食べられるケースはあまりなく、郷土料理でメニューの一つに取りあげられています。
氷見(ひみ)うどん{富山県}
氷見うどんは、富山県氷見市に江戸時代からの歴史を持つ半乾燥の手延べうどんのことです。 製法は、うどんの腰を強くするために小麦粉を塩水で練ったかたまりにして、手で引き延ばしてだんだん細くし、麺線にしていきます。 そしてさばきやすいように麺線を二本の細竹の間に8の字に綾掛けして吊り下げ寒風にさらします。そのあと室内で4~5時間かけて半乾きにします。
ほうとう{山梨県}
ほうとうは大陸文化の所産であり、遣唐使などによって日本にもたらされたもので、各地に似たような料理がありますが 何といっても甲州のほうとうが有名です。 かつて米を自給できなかった山梨県では、ほうとうは郷土料理として生活の中に根強く定着しています。  
ほうとうの作り方は手打ちうどんと同様ですが、ただ、切るときに麺線をやや厚めに、そして広めに(短冊状)に切ります。 食べ方は鍋に野菜(特にかぼちゃ)、肉、魚などいろいろな材料を入れ、みそで味付けして沸騰させたところに生のほうとうを入れて煮て食べます。
ま行
水沢うどん{群馬県}
水沢うどんとは、上州・榛名(はるな)山ろくの水沢で400年の歴史を持つ手打ちうどんです。 もともとは、伊香保温泉の湯治客や水沢観音の参詣客によって愛好されました。  
現在(2009年)11軒が営業していますが、製法は勘を重視する昔ながらの方法を受け継いでいます。 多加水で、足踏みし、麺線のくっつきを防ぎ日持ちを良くするために、切り出しためんを竹ざおにかけ天日で半乾燥させています。
食べさせ方も、ざるもりの冷たいものと熱かいものがあります。
味噌煮込みうどん{愛知県}
冬の寒い日、土鍋で煮込んだ暑いうどんをふーふー吹きながら食べる風景は、名古屋の冬の風物詩です。 古くはすまし汁に生のままのうどん、かしわ、ねぎ、油揚げなどを入れ、土鍋で煮込んで食べる家庭料理でありましたが、大正末期に、すまし汁の代わりに味噌を使って味噌煮込みとしたところ、これがうけ、以来この食べ方が一般的になりました。  
味噌は赤味噌を使いますが、この塩分が非常に多いため、うどんは捏水に塩を入れないのが特徴です。 また、煮込み時間が短いため、うどんの腰が強いのも特徴となっています。
三輪手延素麺{奈良県}
三輪(みわ)手延素麺は、奈良時代に唐から製法が伝わって以来、奈良の大和平野、中でも三輪山のふもと一帯で作られるようになりました。  
今では、毎年11月20日から翌年4月10日の間に製造されますが、粉を捏ね始めてからそうめんに仕上げるまでの時間は、30余時間、2日間にわたります。  
価格は、2月6日に三輪神社の初市で立つそうめん市で決められます。ここで決まった価格は、その年のそうめんの相場にも影響を与えるそうです。
や行
やせうま{大分県}
大分名物やせうまは、「ひもかわ」用のうどんを茹でたものに、砂糖と塩を入れたきな粉でまぶしたものです。 昔は手打ちであり、たたいて引き延ばしていましたが、現在はほとんど機械製です。  
やせうまの語源には諸説あります。 平安朝の頃、大分の片田舎に公卿の幼君が乳母の八瀬(やせ)に連れられ都落ちしてきました。八瀬は幼君のおやつに、小麦粉を練って薄くのばし、きな粉をまぶしたものを差し上げたそうです。幼君はこれが大好きで、日々、八瀬に向い「八瀬、うま。」とせがんだので「やせ、うま。」から「やせうま」と言われるようになったそうです。
やぶそば・更科そば{東京都}
そばの製法には、戸隠しそば出雲そばなどのように、ソバを製粉するときに、玄そばをいきなり臼にかける田舎そばの作り方と、ぬき(ソバがらの果皮)をとる江戸前そばの作り方とがあります。  
田舎そばは、ソバがらの破片が入るため、色が黒くゴツゴツしていますが、江戸前そばは、中の実だけを製粉するため黒くなく、しかもしなやかものができ、破片が入らないためつなぎやすいという特徴があります。  
この江戸前そばには、やぶ系と更科系の2種類があります。 やぶは、ソバを製粉する場合、全粒粉(ひきぐるみ)を理想とし、更科はさらに完全に未脱穀のソバを取り除き、メッシュの細かい澱粉質を主体としたそば粉を用います。  
また、更科そばは、白いそばで季節による色の違いを生じませんが、やぶそばは全粒粉であるために、梅雨時を過ぎると酵素を含んだ殻の部分が赤黒く変色してしまいます。  
そのためやぶでは、ソバ笛を作り、その葉をもむことによってそばに緑色をつけています。
ら行
わ行
わんこそば{岩手県}
みちのく、岩手県の南部地方は、米や麦は実らず、そばは貴重な穀物でした。貴重品であったため、大事なお客さんが来たときは歓待の意を表すべく、そばを供して、しかもたくさん食べてもらうことが最良の接待とばかり、それ食べろとおかわり攻めにした風習がありました。わんこそばはこの習慣と、器としての「わんこ」が結びついて発達してきました。  
わんこそばが有名になったのは、明治・大正時代の政治家、原敬が帰省して「そばはわんこに限る」といってからと伝えられています。  
今日では次のようにショーとしての食べ方で知られるようになりました。 「くるみ、まぐろ、ねぎ、海苔、もみじおろし、筋子、なめこ、花がつお、お新香などの具を前にして、蓋の付いたお椀を持ち、蓋を取ると給仕の女性がほんの一口ほどのかけそばをお椀に投げ入れる。これを口にするやいなや次のそばを投げ入れる。目の前の具をいろいろとつまみながら、次々と投げ入れられるそばを、もういらないと、お椀に蓋をするまで食べるのである。」 普通、わんこそば8杯でかけそば1杯に相当する分量です。